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1.アーキテクトはカッコイイ

どの分野でもアーキテクトはかっこいい。上級のアーキテクトはその分野の泥臭さも理解した上で、新しい価値を創出するのである。残念ながら日本ではアーキテクトと言うと、ソフトウェア寄りのイメージを持たれがちである。そもそも、アーキテクトといって建築家を思い浮かぶ人すら少ないのではないか?ハードウェアにおいてもアーキテクトが必要な事は言うまでもない。これを回路システムアーキテクトと呼ぶことにする。新しい概念ではなく、要は「ハード設計者」の偉そうな人をあえて言い換えたと考えて差し支えない。

繰り返すが、ソフトウェアアーキテクトに比べて回路システムアーキテクトの認知度が低い。この認知度を上げて、かっこいいことを知らせて、多くの方にこの仕事を目指していただきたい。

回路システムアーキテクトの仕事は、担当するLSIまたはプリント基板で作られた回路モジュールの基本設計・基本構造の情報を作ることだと思って良い。具体的には、その回路モジュールの仕様と、搭載されるサブモジュールの配置と配線を決めることである。また、「担当するモジュールの全体と中身を知っている立場」として、サブモジュールのレビュー者にもなる必要がある。時として特許及び設計審査、設計品質への対応も必要である。これらの業務を遂行するために、必要な知識は、おおよそ以下の通り

・電磁気学 (物理)
・電気回路論 (電磁気学を工学化)
・電子デバイス (部品のこと ←物性物理 ←量子力学)
・電子回路 (部品の組み合わせ方・・・膨大な事例、解き方・・・等価回路)
・信号理論 (エレクトロニクスとはそもそも信号処理するものであるから)

とは言われているが、果たしてこれらを個別に履修しただけでアーキテクトになれるのだろうか?

有能なアーキテクトは部品の理想の特性と実際の特性をいつも気にしている。更に部品を組み合わせたときに新たに出てくるディテールな特性にも気を配っている。これがアーキテクトのこだわりである。こだわることの多さ、これが「引き出し」であり、醍醐味である。基本設計においてアーキテクチャを決めていくときに、自分の引き出しの多さが試される。

現状、回路システムアーキテクトというものがポピュラーではない、ということは、そこを目指すための統一的な教育体系が無いといってよい。もし各々時間をかけて相当詳しく勉強できるのならば、いずれはなれるかもしれない。ただ、それぞれ、すぐに必要な知識とそうではない知識が混ざっているだろうから、効率が悪い。さらに、昨今のAI技術の勃興により、エレクトロニクス関連技術のエンジニアが学ぶことが増えていて、昔からある技術の習得に時間を割くゆとりがどんどんなくなっているのが実情である。特にデバイス応用技術である「電子回路」はその種類が膨大にある。この観点でも効率よく学ぶ体系が必要となろう。

アーキテクトを目指すならば、まずは俯瞰的に関連する分野を眺めて仕事のイメージを持てるようにしておき、必要に応じて詳しく学ぶほうが整然とした知識習得が可能になろう。経験的に、泥臭いがアーキテクトとして最初から持っていたほうが良い知識は、上記各々の教程の目立つところにあるとは限らないことも指摘しておく。例えば回路システムを作る際に必須となる、電源インピーダンスへのまなざしは、上記いずれの教材でも重視された記述は少ない。最もありそうなのは「電子回路」であるが、電源インピーダンスを考えない段階での議論だけでいっぱいになっているのが現状。

筆者はたまたまAI技術を深く習得しなくても仕事ができる立場に居て定年までやってこられた。その35年間の経歴において筆者は紛れもなく回路システムアーキテクトとして職務を全うすることができた。それを通して確実に実感しているは、「回路システムアーキテクトと言う仕事は間違いなく存在する」ということである。ここに本書においてその足跡を残す意味も含めて、回路システムアーキテクトはどんな仕事で、どのような技術を習得していないといけないかをつまびらかに開示しようと考えた。新しい時代において新しい時代の回路システムアーキテクトを目指してくれる方が、インスピレーションを感じていただければ幸いである

なお、アーキテクトが特定の商品担当と似ているところがあることを申し添えておく。半導体の全工程を概観する知識は求められることが共通点である。さらに、回路の成り立ちや、信号の性質についての知識、特に、回路をブラックボックスと見たときの振る舞いについて、ユーザーあるいは上位システム担当者と同じ視座にて会話できることが求められるので、実は既存の枠組みでもアーキテクトとして活躍しうる土俵はあったといえると思われる。これまで存在したあまたの商品担当の皆様は、そのチャンスを認識して仕事をされていただろうか?